浦原 | ナノ
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▼ 藍染編3

「卯ノ花、隊長……」

「よく頑張りましたね、みょうじさん」

虚圏へ行ったはずの卯ノ花隊長が、黒崎一護とともに他よりも一足早く戻って来た。ようやく、ほっと息を吐く。卯ノ花隊長なら大丈夫。ひよ里を助けてくれる。必死で回道を施していた手を止め、卯ノ花隊長と交代する。涅隊長はまだ虚圏に残っているらしい。そりゃ虚圏に興味津々でしたもんね。部下が一生懸命頑張ってるんだから急いで助けに来るくらいしてほしいんだけど。しかし感傷に浸る時間も、休む時間もない。わたしがひよ里の治療に当たっていた間に、黒崎一護が虚圏から帰って来たようだ。隊長格と平子隊長たちが揃って彼を庇うように戦い始め、そして、そのすぐ後には全員が地面に伏していた。その中には、先程見送った平子隊長の姿もある。なにやってるんですか、と薬を飲ませて回道を施すと、ゼェゼェいいながらもうっさいわボケ、と憎まれ口を叩かれた。重傷だけど、大丈夫。致命傷ではない。藍染は今、総隊長が相手していた。それまでと様子のちがう破面の相手もあり、苦戦しているようだが、総隊長ならきっと大丈夫。わたしはわたしにできることをやるだけだ。しかし、突然、治療をしていた平子隊長の目が見開かれる。

「なまえ!」

平子隊長がわたしの名前を叫ぶのと同時に、後ろから腕が掴まれ、無理やり担ぎ上げられて、視界が変わる。瞬歩で移動したのだろう。銀髪が視界をちらつき、わたしを抱えているのが市丸ギンであることを理解する。抵抗を示す前に、目的地についたのか、乱暴に地面に放り投げられた。なんとか受け身をとるが、すぐに感じる圧力に身体が震えだす。

「久しぶりだね、みょうじくん」

「……わたしなんかに、わざわざ、何か御用ですか」

何が面白いのか、口角を上げて一歩一歩わたしを眺めているのは、先ほどまで総隊長と戦っていたはずの藍染だった。総隊長も倒れてしまったらしい。つまり、まともに戦える人はもういない。治療した平子隊長だって、まだ動けないはずだ。助けは、見込めない。わたしと向き合った藍染はぺらぺらとわたしに向かって喋り出す。100年前、あの人と恋愛関係にあったわたしをずっと監視していたこと、そして捨て置いて問題がないと判断したこと。だったらそのまま放っておいてくれよ。そう思ったのが顔に出たのか、藍染が少し笑う。

「だが私はずっと、ひとつの可能性が拭いされなかった」

一瞬でわたしのすぐ目の前に、藍染が現れる。

「君が浦原喜助の特別である可能性だ」

藍染の手が、わたしの首にかかった。ぐ、と込められる力に、袖口から薬瓶を取り出してぶっかけた。すると藍染の手が薬品の強力な毒で焼ける。

「なるほど。これは、私が知らない毒だ」

当然一瞬で毒を払われて効果はないが、首から手は離された。それだけで今は十分だ。これで万策尽きたかな、と言って再びわたしに向かって手を伸ばす藍染から、気持ちばかりの距離をとった。

「すみませんが、わたしも十二番隊が長いもので」

自分用の薬なら、たくさんあるんです。ずらら、と死覇装のいたるところに仕込んだ涅隊長お手製の薬品の一部を見せびらかす。十二番隊。技術開発局のお膝元。わたしだって、ただそこに100年在籍していただけではない。100年間、涅隊長の実験に協力していた。だから、わたしの霊圧や血液にしか反応しない薬品や、逆にわたしにだけは害にならない毒薬が複数存在する。隊長に持たされた薬品はそれらだった。他の人には使えないものばかりだけれど、非力なわたしも涅隊長の力を借りれば多少の時間を稼ぐことくらいできる。だからこそ、今回の作戦に同行するように指示を受けたのだ。

「もちろんあなたを倒せるとは思ってないですけど、混ぜたら危険なものもあるので、無暗に触ったり、鬼道を当てたり、薬瓶が割れるような衝撃を与えるのはおすすめしません」

「……なるほど。涅マユリか」

「うちの隊長は頭おかしいしマッドサイエンティストだし人間性もどうかしてますけど、天才なので」

「何か勘違いしているようだが、彼は天才ではないよ」

そう言って藍染が片手をわたしに向けた瞬間、ぐん、とわたしにだけ向けられる強大な霊圧に、がくん、と身体の力が抜ける。呼吸すらも、ままならない。触らずとも、衝撃を与えずとも動きを制限する方法はいくらでもある。そう見せつけられたようだった。

「ギン、彼女を」

「え〜危ない薬身体中に仕込んどる女の子抱えんのボク嫌やわ〜」

全身が弛緩して倒れこんでいるわたしをどこからか現れた市丸が抱え上げ、ほら息はちゃんと吸わなアカンで、と背中をポンポンと撫でた。それでも麻痺してしまったわたしの感覚は戻らず、酸欠でだんだんと意識が遠くなっていった。次にすごい衝撃で目が覚めた時、どういう状況なのか、数十年前に突然いなくなった十番隊隊長の志波一心と黒崎一護が藍染、市丸と対峙していた。なぜここに志波隊長がいるのだろうか。まだ身体の自由は利かず、目だけでその状況を確認する。すると、突然背後から藍染の身体が撃ち抜かれた。

「……来たか。浦原喜助………!!」

「…お久しぶりっス。藍染サン」

どくん、と心臓が大きく跳ねる。100年かけて、忘れていたと思っていたのに。声を聞いただけで、こんなにも引き戻される。少しずつ動けるようになってきた身体をなんとか奮い立たせて、首を動かす。見覚えのない帽子に、昔とはちがう羽織を身にまとったその人は、瓦礫と化した町に横たえられたわたしにちらりと視線を送った。視線が、僅かに交差する。

「やはり気になるか、みょうじなまえが」

「いやァ、そんなところで寝っ転がってたら巻き込んじゃうかもしれないですからねェ」

戦えない女性を傷つけるのはアタシの趣味じゃないんで。そう続けて、興味無さそうにわたしから目を逸らして藍染との会話を続け、動き出した藍染をきっかけに戦闘を開始する。浦原隊長の鬼道で、今までにないほどに藍染を追い詰めたように、見えた。しかし異形の姿となって炎の中から出てきた藍染はその後の浦原隊長と志波隊長と四楓院隊長の猛攻すら物ともしなくなっていた。

「そこに倒れておるのはなまえか」

「巻き込まないようにだけ気をつけてくださいね、夜一サン」

「誰に物を言うておる」

この状況でも軽口を叩き合う浦原隊長と四楓院隊長に、昔ならば安心できたのに、今は全然出来ない。だってわたしには、藍染の霊圧が、まったく感じられない。瞬歩で移動してきた四楓院隊長がわたしを抱えあげ、巻き込まれないように少し離れた場所へと運ぶ。すみません、となんとか声を絞り出すと、気にするな、と返ってくる。この間あんなひどい態度をとったというのに、本当に面倒見がよくて優しい人だ。しかし、わたしの中で最も強くて優しい、この人たちでさえ、藍染を倒すことはかなわず、黒崎一護を残して全員が地に伏すこととなった。なんとか動く身体を引きずってなんとか治療しようとするが、藍染はこちらには目もくれない。

「なまえチャンはもうエエんです?」

「もともと浦原喜助の対策として連れてきただけだ。彼を下した以上、もう用はない。片づけろ」

はいはい、と返事をした市丸の斬魄刀が伸びて勢いよくわたしのお腹に刺さる。口の中に血の味が広がった。あ、だめだ。これ、死ぬ。薬品を持っていても、使えなければ意味がない。さっき霊圧にあてられたのと、どんどん流れ出る血に、急速に体温が下がり、身体が動かせなくなっていくのを感じる。リーチの長い斬魄刀のせいでわたしの腰のあたりで割れた薬瓶の効果も、藍染にも市丸にも届かない。すみません、涅隊長。たくさん御手をわずらわせたのに、わたしは何もできなかった。ようやく、浦原隊長に、会えたのに。薄れゆく意識の中で、藍染と市丸、そして志波隊長と黒崎一護が入れ替えられた本物の空座町に向かったのを感じた。藍染によってボロボロになった浦原隊長が、おそらくこの場で最も死に近いわたしに駆け寄ってくる。もう視界が霞んでいて、こんなに近くにいるのに彼の顔をちゃんと見ることができない。言いたいことはたくさんあったはずなのに、口も動かない。

「なまえサン、ボクの声聞こえてますか?」

聞こえてる。聞こえてるけれど、返事はできない。こうやってあなたに看取られて逝けるのであれば、わたしは幸せなのだろうか。何の返事も返さないわたしに、浦原隊長は無遠慮に胸元に手を突っ込み、わたし用の回復剤を取り出した。

「これッスね」

そしてそれを、ゆっくりとわたしに打ち込んだ。ラベルが貼ってあるわけでもないのに、なんでわかったのだろうか、なんて愚問だろう。そういう人なのだ、この人は。

「涅サンのことだ、ボクの弱点になるなまえサンを、死なせない対策もせずにこんなところに送りこんだりしない」

だから死んじゃダメッスよ。温かくて大きな手がわたしの頭を撫でた。その手にどうしようもなく安心する。100年前、この人を忘れると決めてから流すことをやめた涙が、ぽろぽろと零れおちる。特別とか、弱点になるとか、それならどうして。どうしてわたしを一緒につれていってくれなかったんですか、浦原隊長。掠れた声が、彼に届いたのかは、わたしにはわからなかった。


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